【旅エッセイ】冬のウラジオストク 〜五郎とわたしの間で板挟みになるGoogle翻訳

※この記事は2018年12月の旅行を振り返っています。

バーニャと呼ばれるロシア式のサウナで、すっかり温まったわたし達は、街の中心地に戻ろうとしていた。夜に、観劇をすることになっていたからだ。

バーニャは、ウラジオストクの半島の先端にあるトカレフスキー灯台と、中心街のちょうど真ん中あたりの海辺にあった。中心街までタクシーで20分くらいの距離だ。


バーニャは、一棟貸し切りのログハウスで、大小異なるバーニャが数棟、海辺に点在している。そのうちの一棟が管理棟になっていた。

ちなみに、それぞれのログハウスバーニャにはメニュー表が置いてあって、管理棟に電話をするとドリンクや軽食を持ってきてくれる仕組みになっていた。

わたし達も、2時間近く滞在していたので、途中で小腹が減って、ビールとおつまみを頼もうと電話をしてみた。

ロシア語は話せないけれど、beerとchipsくらいは英語で通じるだろうと思ってコールしたものの、管理人は電話に出なかった……。

その日は軽食サービスをやっていなかったのか、たまたま管理棟を留守にしていたのか、利用客がわたし達くらいしかいなかったのでやる気がなかったのか、原因はいまだに謎だ。


とにかく、管理棟に電話をしても応答してもらえないことが分かったので、タクシーを呼んでもらうために徒歩で管理棟へ向かった。

外に出ると、バーニャに来た時は降り始めだった雪が、しっかりと積もって地面を白く染めていた

管理棟には、派手なモデルのような女性と、黒板五郎さんのようなのっそりしたおじさんがいた。タクシーを頼むと、ちょっと面倒くさそうに、タクシーを呼ぶからログハウスに戻って待っていて、という仕草をした。

相手の無愛想に気がつかないふりをして、平和的な感じに、スパシーバ!(ありがとう)と声をかけた。


しばらくすると、五郎おじさんがわたし達のログハウスにやってきた。

「スノー」「タクシー」(首を横にふる)

つまり、この雪でタクシーがつかまらない、と言うことらしい。

うーん。
はい、そうですか。と言うわけにはいかない。

今いる場所が、道路沿いあるお店か何かだったら、では、駅に向かいながら道端でタクシーを拾います。とか、バス停まで行きますね。となるのだけど、ここは海辺のバーニャだ。

車通りのある道路まで出るにしても、徒歩ではそこそこの距離がある。
しかも、ここに来るまでに未舗装の結構な坂道を車で下ってきたのだ。つまりそれは、坂道を上らないと幹線道路に出られない、と言うことだ。

五郎さんは、「タクシー」「ノー」を繰り返している。
仕方がない。幹線道路まで頑張って歩いて、バスに乗るか、と腹をくくった。

「五郎さん、近くにバス停はあるかな?」

英語で話しかけてみると、五郎さんは、俺に英語が分かるわけないだろ〜という顔をした。まぁ、そうですよね。

そこで、Googleの翻訳機能を使って、「チカクニ、バステイハ、アリマスカ?」とロシア語に翻訳したスマホの画面を見せた。

お、ロシア語だ。とスマホの画面を食いつくように覗き込んだので、これでバス停の場所を教えてもらえるかと思ったが、そう簡単にはいかない。五郎さんの表情がサッと曇った。

「アウトブス!」(首を横にふる)

また、首を横にふられた。上手くいかないことが多いものだ。
それにしても、アウトブスと言うのはバスのことだろうか?バスがノーと言うのは、一体……。

「アウトブス…a bus?」と聞くと、首を横にふる。
アウトブスってバスのことじゃないのか?

「What is アウトブス?」と尋ねると、アウトブスはアウトブスだよ!ほら、人が乗って、ブーンって走るだろう!とジェスチャーをしてきた。

それってバスのことでしょう?とジェスチャーで返すと、首をふる。

わけが分からなくなってきた。
じゃあアウトブスって何なんですか?

もはや五郎さんはロシア語をしゃべるし、わたしは日本語をしゃべっていた。

五郎さんは、ロシア語で饒舌に続ける。
「その便利なスマホでア・ウ・ト・ブ・スって検索してみな!」

「アウト……いや、ロシア語のスペルが分かりませんよ!」

まさかロシアでノリツッコミをするなんて思ってもみなかった。

五郎さんに入力してもらおうとスマホを渡すと、途中まで入力を仕かけて、いやいやいや……と、スマホを返してきた。

アウトブスのラリーはしばらく続いた。

互角の戦いののち、五郎さんとわたしはしばし沈黙したが、とうとう五郎さんは「……タクシー呼んでくる」と言って管理棟に戻った。

わたしは、管理棟に向かう五郎さんの背中に向かってこう叫んだ。

「タクシーが来るまで、このログハウスにいさせてもらいますからー!」