【旅エッセイ】冬のウラジオストク 〜ロシアの優しさ

※この記事は2018年12月の旅行を振り返っています。

マリインスキー劇場でのオペラ観劇は、第2幕でドロップアウトした。

初めてのオペラも、芸術の本場ロシアで見れば楽しく観劇できるかもしれない、と思ったが、旅の疲れも合って、耐えられなくなってしまった。

第2幕が終わって、休憩時間になったタイミングで、預けたコートを受け取りにクロークに行くと、受付のおばさまが丁寧に「まだ続きがあるわよ」と教えてくれた。

「知っています。けど、帰るのでコートを出してください」とお願いすると、怪訝な顔をされた。

そもそも、オペラを見たかったわけではなかった。

本当は、12月にこのマリインスキー劇場で上演されるバレエのくるみ割り人形が見たかったのだ。

だけど、ちょうどわたし達が滞在している期間には上演していなかったので、しょうがなくというか、半ばやけくそでオペラのチケットを買ったのだった。

ウラジオストクのマリインスキー劇場のチケットは、びっくりするほど安い。
オペラやバレエといった高尚な(?)芸術が、なんと600ルーブルから見られる。

1ルーブルは1.39円なので(2020年9月時点)、およそ800円ちょっとで楽しむことができる。

そんなわけで、わたしも比較的安いチケットを買っていたので、あまり躊躇せずに、劇の途中で宿に帰ることにした。

外に出ると、雪のせいか相変わらずタクシーがつかまらない。

仕方がないので、劇場に戻って、売店の係員にタクシーを呼んでもらえないかお願いをしてみた。

すると、係のお姉さんがスマホを取り出して、どこまで行くの?と聞いてきた。

ロシア語で書かれた宿の名前を見せると、スマホをささっと操作して、画面を見せてくれた。

どうやら、ロシアにもUberのようなアプリがあるらしい。画面を見るとHonda CR-Vと書かれている。

「この画面を写真に撮って、外で待っているといいよ。タクシーは109番で、料金は168ルーブルだからね」

お姉さんに言われるままに、スマホの画面を写真に撮り、お礼を言って劇場の外に出た。

ロシアの人は、あまり笑わない。
売店のお姉さんも、一切にこりともせずに終始真顔だった。

それでも、仕事中にプライベートのスマホを使ってタクシーを呼んでくれたのだから、笑顔とやさしさは何の関連性もないんだな、と思った。

わたしは、ロシアの人の、この淡々とした優しさが、相当気に入っている。

外に出てしばらくするとHondaのCR-Vが来た。
109という数字は、車体のどこにも見当たらなかった。こういう所はいい加減だ。

運転手にロシア版Uberの画面の写真を見せて、このタクシーで間違いないか?とジェスチャーすると、運転手は黙ってコクリとうなずいた。

本当か?

だけど、まぁ、宿にたどり着けば何だっていい。

今度は、くるみ割り人形が上演している時に、またウラジオストクに来よう、と心に決めてタクシーに乗り込んだ。