【サウナ短歌】量産できないサウナ

 銭湯には必ず常連のおばちゃんがいて、素っ裸で常連同士のおしゃべりに興じている。もう何十年も一緒にいるだろうから、深い話はもうし尽くしたのだろう。会話の内容は、ほんっとーになんでもなくて、「お湯に入ってるわね」「はい、お先に」「あー、お腹すいちゃったわ」などと、まるで実況中継のように、今ここで起こっていることしか話さない。「ハワイなう」なんて大局の”なう”ではなく、何時何分何秒地球が何回まわった時、のまさに今この瞬間の”なう”だ。
 そんなおばちゃんたちだが、話の中身がなんであれ、よく笑う。ふふふ、あはは、とやわらかくダブついた皮膚をふるわせる。笑うと体温があがるから、お風呂で赤くなった顔はさらに赤く上気して、ほっほっほふ、と身体から湯気がのぼる。
 どこにでもいる この ほふほふおばちゃんは、銭湯という名のセントラルキッチンで蒸しあげられ、全国に出荷されているのだと思っていた。行き先は、まぁ、コンビニだろう。バイトの若い男の子にトングで挟まれて、保温器に補充されるのだ。コンビニもスマイルをゼロ円で売る時代。おばちゃんの笑顔だけど。
 ところが、田辺温熱保養所のほふほふおばちゃんは、初めて施設を訪れたわたしに、やさしく作法を教え、どこから来たのか、昼飯は食べたか、とかいがいしく世話を焼いてくれた。こうなると、目の前にいるおばちゃんは、量産型ではなく固有のおばちゃんになる。”a Oba-chan”ではなく、”the Oba-chan”になるのだ。愛着がわいて、自分だけのおばちゃんにしたくて、コンビニになんて出荷したくなくなった。

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この記事を書いた人

サウナ短歌の第一人者。サウナスパ・プロフェッショナル。公衆浴場コラムニスト。お問い合わせはインスタ・TwitterのDM、またはHPの問い合わせフォームからお願いします。

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