【旅エッセイ】信州しなの町 ~夜の湖

※この記事は2019年9月の旅行を振り返っています。

野尻湖の湖畔に立つLAMPというドミトリー宿に宿泊したのは、The Saunaというサウナ界で注目されているサウナに入るためだった。

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LAMPの敷地内に小さな丸太小屋が立っている。それがサウナだ。
小屋の中にある薪ストーブの熱でサウナをあたためる。薪ストーブの上にはサウナストーンと呼ばれる石が積み上げられていて、そこに水をかけるとサウナ小屋があたたかい蒸気に包まれる。温度はあがるが、湿度があるとそれほど苦しくはならずホッとするあたたかさになる。

サウナとは何であろうか。ただ汗をかくだけの健康施設だろうか。
わたしは、サウナはメディテーション(瞑想)だと思う。しばらくすると水着が汗でしっとりと濡れ、瞳の奥では薪ストーブの炎がゆらゆらとゆれ続けていた。

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身体の芯までしっかり熱くなりサウナ小屋の外で湯気を立てながらぼーっと涼んでいると、The Saunaのスタッフが「そろそろ野尻湖に行きましょうか。」と声をかけてきた。

サウナに入ったら熱くなった身体を水風呂で冷やすのがサウナのお作法だ。その水風呂の代わりに湖にはいる、ということらしい。

あたりはすっかり真っ暗闇になっている。
スタッフが懐中電灯を照らしながら湖まで誘導してくれた。サンダルに水着、という湖畔の木立を歩くには似つかわしくない格好でスタッフの後について歩く。
湖のほとりについてもまだ目がなれなくて足元がよく見えない。木が出っぱっているところがあるから注意して、と言われてそろそろと慎重に湖に近づいた。
空は薄く雲がはっていて月や星はあまり見えない。
懐中電灯が唯一の明かりだ。

夜中の湖に水着で入水したことは今までに1度もない。水際でもじもじしていると、スタッフが声をかけてくれた。
「数メートルは浅瀬です。急に深くならないので大丈夫ですよ。」

意を決して、懐中電灯に照らされた湖にぽちゃりと足を進み入れた。
1~2メートルぐらい進んだところで立ち止まり、脚を前に投げ出して座ってみた。水は腰骨のあたりまでしかない。しばらくはぎこちなく手で水をすくったり、脚を閉じたりひらいたりしていた。

まるで学校のプールに忍び込んだみたいだ。
禁止されているわけではないのに、いけないことをしているような気分になった。なんとなく落ち着かない。それに夜の湖はあまりにも静かで背筋がブルっとした。龍神とか河童とか(?)湖にありそうな伝説がいくつか頭の中をよぎった。

スタッフがお手本を見せるように、浅瀬に大の字になって寝ころんだ。おそるおそる真似をしてみる。
そっと背中を水につけて、顔が水面に出るように少しだけ首を浮かした。
懐中電灯の明かりは遠くに離れて、目の前には真っ暗な空間が広がっている。いや…広がっているのかも分からない。何せ真っ暗なのだから。もしかしたら目と鼻の先で空間は閉じているのかもしれない。

スタッフと、友人と、わたしの3人はしばらく黙ってめいめいに空を見上げていた。

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「あまり長く入ると冷えるので、そろそろ帰りましょうか。」スタッフに促されて我に帰った。

なんだかこのまま湖に沈んでもいいような気になりかけていた。あぶないあぶない。やっぱり夜の湖は禁忌なのかもしれない。

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この記事を書いた人

サウナ短歌の第一人者。サウナスパ・プロフェッショナル。公衆浴場コラムニスト。お問い合わせはインスタ・TwitterのDM、またはHPの問い合わせフォームからお願いします。

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